精神科看護野郎の日記

精神科看護の日常やためになる知識・情報の提供をしています。

自己を表現するメリット

先日、自分がどの程度の人間かということを深く考える機会がありました。

 

表面的な自分の内面の自分のというのはあまり周知されていないものです。

それは自分の内面にある弱い部分を見せたくないから。見せないように生きていたからなのだと思います。

つまりは自分を晒すことを恐れて自分を表現していなかったから、自分と周りとの自分に対する評価や見方に乖離があったのでしょう。

 

しかし、表現してはいけない、弱さを見せてはいけないと意固地になっていたことも、伝えることで相手に理解をしてもらえるという経験はしてみるものですね。

ひた隠しにし続けている人もいるのではないでしょうか。

どちらかというと私は自分が不安を表現するというりよ、人の不安を表現してもらうという関係が多いです。それは仕事柄当然のことなのですが、聞く側であること、解決させる側であることか、余計に自分に縛りを課していたかのかもしれません。

 

でも今考えるとそれは、大きく間違っていた。

自分が体験していないことを相手に勧めているという行為だったのです。

今回自分が不安を表出することで、気分が軽くなるという経験が出来たことは大きなことだと思いました。

特に自分にとって効果が大きく感じられたのは今まで不安を吐き出すという経験を全くして来なかったからかもしれません。

 

例えるならレベル1の状態でずっと装備だけど整えて何とか強いと戦える状況であったところに、初めて敵を倒した経験値が入った。そして一気にレベルが10まで上がった。そんな感覚でしょうか。

 

なので、このプロセスを経て効果を大きく感じられるには一定の条件が必要になってきます。

いつも不安を出し続けている人には大きな効果は見込めないでしょう。

ですが、今まで我慢して、我慢して頑張り続けてきた人には大きな効果が見込めます。

 

自分の弱みを人に見せるのはとても勇気のあること。

ですが、勇気を持って踏み出したなら、その不安はそれほど大きなものではなかったのだと実感が湧くでしょう。

こんな自分を人に見せたら嫌われるのでは、呆れられるのでは、そんな考えが浮かんでは、自分の心の奥底に不安を溜め込んでいき、いつか心の風船が弾ける時が来ます。その前に風船の空気を抜いてあげる作業は必要です。

 

考えてみれば、自分を偽ってされた評価で本当の満足が得られるでしょうか。ありのままの自分を知ってくれてなお、認めてくれる人こそ大事にすべきではないでしょうか。

 

誰にでも自分を吐露する必要はありません。

世の中に一人だけでも自分のありのままを受け入れてくれる人がいるのなら、その人には等身大の自分を見せることで自分の心の平穏を保つことが出来るのだと思います。